2009年10月6日火曜日

メルセデス・ベンツ

今日はアルゼンチン大使館へ、平田耕治さん率いる CAMBA TANGO の
ミニコンサートへ行ってきた。

演奏が始まり、2曲目では歌手がでてきたが

「歌う前にひとつお話ししておきたいことが・・・アルゼンチンの偉大なる
歌手 メルセデス・ソーサさんが昨日亡くなりました。
心よりお悔やみ申し上げます・・・」  と。





メルセデス・ソーサ




私の超超大好きな歌手。


74歳だったそうだ。 以下 Asahi.comより

アルゼンチン生まれ 「民衆の心の代弁者」とも呼ばれた代表的なフォルクローレの
歌手で、歌による社会変革を目指した「新しい歌運動」の第一人者。

35年、貧しい労働者階級の家庭に生まれ、70年代後半から80年代にかけての
軍事政権下で「左翼狩り」により大勢の市民が殺された時期にも、人権について
歌い続けた。

しかし、影響力を恐れた独裁政権がレコーディングを禁止。拷問で夫を失い、
自らも投獄された後に欧州に亡命したが、歌声でアルゼンチン国民を励まし続けた。













  Eze  

   という友達がいて   Ezeはいつもいつもソーサの曲を聴いていた。

それで私もソーサを知り、ソーサのファンになった。




なんというか、彼女の声は大地のようで、温かく 大きな愛でいっぱいのような
感じだった。


Ezeが じーっとソーサの曲を聴いてるとき
私は 彼が少しばかりホームシックになっていることを感じていた。

ソーサの曲はあまりにもアルゼンチンで溢れていたから。


遠い日本に働きに来た若者は、ソーサの曲を聴き、母国を、家族を思い出して
さぞかし切ない心持ちだろうと、

いくら鈍い私にでも 痛みをともなって伝わってきた。




Ezeは日本にいたって 渋谷のHMVあたりに行くと
やっぱりメルセデス・ソーサの棚へ行っていた。

「買うの?? 帰ってから買えばいーのに」 と私が驚いて聞くと

「だって・・・今聞きたいんだもん・・・・・・・」とポツリと答えていた。



たくさん持ってるのに・・・・・ と 尚 言及したくなったが 口をつぐんだ。




今なら もう少しわかってあげることが出来るのに・・・・・・

どうしても 今すぐソーサの声を必要としている理由を・・・・・・・・・



ごめん。




私自身もメルセデス・ソーサに最も傾倒していた頃は、すなわち タンゴに
傾倒していた頃で、タンゴに疲れてしまうと ソーサを聞いた。

なので、ソーサを聞くときは 当時の辛い思い出ばかりを思い出してしまう・・・・

実際 あの頃は本当にしんどかったし。。。。。。

ひょっとしたら タンゴなんて ちっとも楽しんでいなかったのかもしれない。


それでも メルセデス・ソーサの声から アルゼンチンの大地が私の心に響き、

どーにか前を向いていることが出来ていたように思う。。。













この映像はうーんと若いころのもので

晩年のソーサは すっごい太っちょだった。

それがカラダを壊す原因になったんだろうなあ・・・・・・・。




大ヒット曲 「Gracias La Vida」 人生よ ありがとう



大地の母 メルセデス・ソーサに 心よりお悔やみ申し上げます。

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