2017年9月4日月曜日

テレビの撮影

先日は珍しくテレビの撮影がありました。

クンパルはほとんどの場合、テレビのお話はお断りすることに
しています。
ほとんどの場合、意図しないことが表現されてしまう経験を
たくさんしてきたのでイヤになってしまったのです。

でも、今回は後に書く幾つかの理由から撮影に協力させて頂きました。

   なんだか生意気ですね。
   すみません。       ふふん。



インタビューにお答えした中で
「大人なダンスですね」「はい、大人なダンスですね」 という部分



私としては この教室では、みんなが必ず同じ基礎クラスの道を同じ数だけ
平等に通らなければならないこと、誰一人 階段をひとつ飛ばしにしたり
飛び級しないことで、競争心がなくなり、互いを尊敬し合うようになること、

競争がなければ 自分の意思と自分のペースで先を急がず
コツコツ練習することが可能であること

それらをコントロール出来るところが  「大人なダンス」と
言えると思っています。

個人的なわがままや(私は◯曜日しかだめなので 飛ばしてレベル3を
受けてもいいですか  とか)

個人的な好みで あいつとは踊りたくない  とか
 (どうしても嫌いならそれも本人の責任において良いけれども)

仲良しの◯◯ちゃんが 行くなら私も  とか


そーいうのは 大人のダンス場において徐々に居場所がなくなるはずなのです。



他のインタビューでは
「男性が女性を誘うものなんですか?」と問われ

「はい。カベセオと言って、目を合わせることで お相手を誘います」と
答えました。



今まで私が経験したテレビでの表現における嫌なことというのは
タンゴを必要以上に
妖艶で 妖しい  色気のあるダンスに仕立て上げられてしまう という傾向に
あることです。



例えば、今回のだって

麻布のマンションの地下 一室で行われている男女のプライベートスペース

  とか

からみ合う熱い視線で誘い合う 大人の男女 

  とか

私が「大人のダンスです」と言い切ってるわけですから
そこだけ抜いたりですね、


そのような切り口にしようと思えばいくらでも出来るわけです。


映像としては 女性の足が男性の足に触れる瞬間だけを 切り取ったり ね。



まあ、うちの教室の女性は全員 体操着ですけど(笑)



とまあ、昔はあからさまに そんな風に仕立てられてしまうことも
あったわけですが


ぶらり旅系の番組だというから、そんなことないでしょうし、
本当に隅々までホームページをよく読んでご理解下さいましたし、
何度もメールを往復したり、たくさんお話を聞いて下さったし、

しかも  下見に来られた時


「先生と生徒さんですけど ほんとにみんなと友達みたいですよね、
仲間ってこういうことか と感じました」

と言って下さったことが 非常に嬉しかったです。



放送は10月だそうです。


ご協力下さった皆さんありがとうございました!




2017年8月30日水曜日

ありがとう!!

私が20歳代の頃にお世話になった T さんの訃報を聞いたのは
先週のことでした。

91歳だったそうで、
前回お会いしたのは・・・いつ頃だったかなあ・・
1年半前・・くらいにどっかでバッタリ会ったなあ。
もちろんミロンガで会ったのですけどね。

ものすごくものすごくタンゴがお好きな方で、ずっと週に4回ほどは
踊ってたと言うのですから驚きます。

そして、やはりミロンガで踊っていて 意識を失われ
翌朝に亡くなられたとのことで。

不謹慎かもしれませんが、最後まで大好きなタンゴを踊っていられて
良かったなあ、Tさんらしい最期だったのだなあ と
しみじみしております。


少し外国の方のような端正なお顔立ちで
背が高くて 素敵でした。汗をかいて本当にたくさん踊ってました。

その人と踊る
1曲1曲を大切にするべきだなあ と
あらためてそう思います。


最近、以前一緒によく踊った 今は亡き人達のことを
頻繁に思い出します。


Tさん どうもありがとう。
若く生意気なばかりだった私に 優しくしてくださって
どうもありがとう。
また一緒に踊りましょうね!
どうもありがとう!




2017年8月23日水曜日

おどりごころを育むって話

先日 じゅんこのトークショー というのをやりました。
昨年から引き続き3回目になります。

今回は 6月末から1週間で行ってきたイタリア カターニャタンゴフェスティバル
でのワークショップの内容報告をメインにお話しました。

ただ、残念だったのが このワークショップ すべて撮影禁止だったんですね。

なので、実際のナベイラやチチョがお手本を見せてくれてる
シークエンスの動画などがなかったので、
ワークショップの中でポイントとなった事柄などを私が用意したスライドとともに
お話した形になります。

このね、撮影禁止ね、
ちょっと珍しいですよね、

私も ブエノスや 他のヨーロッパでのフェスティバルは少々行ってますけども
だいたい 先生がクラスの最後あたりで
「はい 今日やったシークエンスやるよー」ってカメラを準備する時間を
くれたりするんですよね。

後でおうち帰って練習してねー みたいな ね。

それ一切ナシでしたわ。

それがさ 中には強者がいて 音鳴らさずに こっそり撮ろうとする人がいるんだよね。

そーすると 一体どこに目がついてんのか ってくらい絶対チチョが気付いて
ババっと振り返って 「NO」とだけ言うわけよ。

殺されんのか ってくらい怖くてビビっちゃうよね ほんと。

あーあ バカでー  ってね 思ってるわけ 私は。



それで、じゅんこのトークショーですけど

タンゴ教室で お話だけ聞いたってしょうがないじゃん って思う人も
いるかも なんですけどね

私はお話を聞くこと も含めて タンゴの上達に絶対につながると思ってます。


ずっと昔 その昔  私が師匠の元で お稽古に励んでいた頃、
レッスンの前後や 一緒にお食事させてもらう席なんかで
先生が 先生の 先生に習った話とかを聞くのがとても楽しくて嬉しかったです。

一緒に舞台などを見に行かせてもらえば、それを師匠がどんな感想を持ったか
興味津々でしたし、私とはまったく違った視点であることを驚いたり、
どうしてなのか質問したり、
「お前はまだ子供だからわからない」なんてバカにされたり、
それも全部 嬉しくて、いつだって師匠の踊りに対しての言葉を
聞きたくてワクワクしました。

その会話の1つ1つも たぶん 私のおどりごころを育ててくれてたと
思うのです。



例えばね、何かひとつのシークエンスのお手本を見たとします。

そのお手本を見ても 実際の動きをどのように感じるか 体感は
自分の目で見た
自分の判断の中でしかないわけです。

つまり 想像です。

このシークエンスはたぶんこんな感じなんだろう と。

先生は一生懸命 「ここを強めにぐぐっと」とか 「ここでふわっと上がるように」とか
表現に関するヒントを色々な言葉を駆使して出してはくれますが

それでも 結局は自分の想像だけでしか 動きをつくってゆくことって
出来ないんですね。


そうすると、ダンスの上達とか
表現力の向上とか
感性を豊かにするとか

つまりタンゴのミュージカリティや 相手との共有感を育てる というのは

いかに その自分の中の想像力を広げるか ということが重要になります。


自分では「おそらくこんな感じだろう」と 無意識に感じてることが
そのまま動きになるのです。

わかりますかね?


他の人と ちょっとしたおしゃべりをした時、
「へーえ この人はこんな風に感じてるんだ」って思うことありますよね。

それが自分とは全然違っててもなんでも
その「へーえ」の積み重ねは 自分の想像力を広げることに
つながるだろう と思うのです。


友達と飲みに行って タンゴ談義に花を咲かせる

これ 大変良いことと思います。


「聞く」だけでなく「話す」ことで、自分がどんな風にタンゴを
感じてるのか再発見があったりしますよね。


たくさんの本を読んだだけでは感性は養われないし、
たくさんの映画をただ見ただけでも感性は養われないし、

その本や映画から美しい部分や心が動いた部分を見つけたり、
その気持を言葉にして表現してゆくことで
感性は育ってゆくのかな と思うわけです。


タンゴも同じように、そんなふうにして おどりごころを育てていって
欲しいな と思っています。


なので、今回のじゅんこのトークショーでも
話を聞いて、みんなで一緒に動画をみて、

ひょっとして チンプンカンプンの話もあったかもしれないけど

でも みんなの中に うっすらと薄皮の層を重ねるように イメージが
蓄積されてゆくことが きっと おどりごころに つながると思うわけです。


今回 来れなかった方は残念でしたけど
これからも いろんな人と話を聞いて、話をするといいですよね。



まあ、そんなふうに思います。


どんなにたくさんステップを知ってても、
どんなに体の使い方が正しくて、足元がきれいにいってても

踊ってない人は 踊ってないのです。


そこにおどりごころが加わってないと
タンゴになりません。

そーゆーことです。